2006年08月07日

8.6を想像する

8.6kouenn.jpg61年前に広島に原子爆弾が落とされた日、8月6日。
昨日恥ずかしながら、仕事以外で初めて
平和祈念式典に参列しました。
数日前、ダンナと週末何するか話し合う際に、
自然と祈念式に参加しようということになりました。
昨年、夫婦で平和関係の仕事をさせてもらい、
ヒロシマ人として何かしなければ、、、というのがあったからです。

仕事での参加の際、黒い服装で参加することが原則でした。
原爆でなくなられた方の鎮魂・慰霊の式だからです。
しかし、、、暑い!!!
ので、平和を祈る、という意味で派手でない普段着を着ていきました。

8.6shiki.jpg式には広島だけでなく、全国から、また海外からたくさんの方が
参列していて、心から頭が下がる想いでいっぱいになりました。

8時15分、平和の鐘と共に黙祷。。。

あの日、こんな晴れた空のもとには
ごく普通の家族のごく普通の営みと幸せが、
まるで今のわたしたちのようにあったわけです。
それが、太陽の熱よりも熱い烈風により焼かれ、
一瞬で人が蒸発し、
生き残ったとしても地獄のような日々が待っていたのです。

黙祷しながら、
「もしも今、わたしたちの家族にそんなことが起こったら?
  でもこれは61年前実際に起こり、地獄を見た人がいる」
と考えると涙が止まりませんでした。

8.6peace.jpg私たちに何が出来るのか、
そこに一番大切なのは想像力だと思います。
他人事ではなく、過去のことでもなく、
自分の想像力を駆使してあの日を再現すると、
何かをせざるを得ない気持ちになります。

そして多くの人がキチンと政治や外交を気にすることも必要だと思います。
それ以外の方法もたくさんありますが、
憲法9条のこと安保理のこと、気にすれば理解でき選挙にも反映できます。

8.6mizu.jpgそして、広島での平和教育は続けること。
かつて広島の小学校では、8/6は登校日でしたが、
現在はそれも無いそうです。
「うざったい」「飽きた」の声が一時聞かれましたが、
平和教育を受けた私たちは大人になり、子どもを授かって
やっと今、その意味を理解し始めました。
続けていけば、きっと新しい動きと出会いが広がっていくはずです。

ちょっと長くなりましたが、
ヒロシマの人間として、被爆二世として
何か伝えていかなければならない思いです。




posted by Masa at 19:24| 広島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 平和! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小1の長男の小学校では7月から平和学習がはじまり、8月4日の登校日には平和集会が行われました。平和集会では語り部の人の話を聞いたり詩を読んだりしたのだそうです。登校日の夜、長男はお風呂で一人、すすり泣いていました。「原爆のことを考えて恐ろしくなった」「いつまた原爆が落ちてくるのかと思って怖くなった」と言うのです。Masaさんの言うように、多くの人が8.6を想像することができれば、簡単に戦争をしようなんてことにはならないでしょうね。私も長男と同じ戦争を知らない世代です。そんな私たち大人が、平和のために何ができるのだろうって、登校日以降、考え、悩んでいましたが、少し見えて来た気がします。
Posted by ayk at 2006年08月17日 12:07
aykさんのブログを読んで、たいき君の繊細な心に胸を打たれました。
親として本当に何ともいえない瞬間だったと想像します。
小学校によっては平和教育に熱心に取り組んでいるところがあるんですね。

今はまだ広島にたくさん、そして身近に
あの地獄を見た人がいます。
想像するだけで涙が出るのに、経験した人たちは・・・

現実のニュースと昔あったことを実感として結び付けられたら、
少しは変わるんではないかと願うばかりです。
aykさん、ありがとう。
Posted by masa at 2006年08月18日 10:10
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